ゲームの時代 一〇の論点 #1 「ゲーマー」 今井晋【#ゲンロン8 発売記念】


  

 

『ゲンロン8 ゲームの時代』の発売を記念し、本誌収録の記事や関連コンテンツの一部を無料公開!
ここに公開しているのは、今井晋さんによる「ゲームの時代 10の論点 #1」から「ゲーマー」の項です。『ゲンロン8』ではほかに、「プラットフォーム」「メディア」「レビュー」「ゲームエンジン」を解説。9月発売予定の『ゲンロン9』では、「スポーツ」「インディー」「シェア」「規制」「課金」を取り上げます。(編集部)

 『ゲンロン8 ゲームの時代』特集目次 

 


ゲームの時代 一〇の論点 #1 「ゲーマー」
今井晋


 

ゲーマー

 

文化はものだけでは成り立たず、人と人によるコミュニケーションが必須である。そして、その文化の価値観は愛好者たちのコミュニケーションやネゴシエーションによって決定され、それはある種のヘゲモニーを生み出す。そこでの典型的な論争は「何が正しい(ビデオゲームな)のか?」という文化的正統性の形を取るが、さらにその前提となるのは「誰が(本当のビデオゲームの)愛好者なのか?」という問いである。それは普通「ゲーマー」と呼ばれる。

「gamer」という単語はビデオゲームの登場以前に、スポーツやチェス、ギャンブルのプレイヤーを指すものとして使われていた。『Oxford English Dictionary』[★1]によれば、ビデオゲームの愛好家という意味では一九七七年にSFパルプ雑誌『アナログ・サイエンス・フィクション&ファクト』誌にウォー・ゲームやTRPGのプレイヤーと並ぶ形で登場している。続いて『ニューヨーク・タイムズ』が一九八一年にコンソールゲームの消費者として「gamer」という言葉を使用。さらに一九九五年には『Family PC』という雑誌がアドベンチャーゲームのプレイヤーに対して、「hard-core gamer」という言葉を用いている。

以上の「gamer」には基本的に「ゲームのプレイヤー」以上の深い意味はない。ただし、一九九五年の段階で「hard-core」という表現が登場しているのは興味深い事例だ。というのも、ある文化においてハードコアといった論点が存在するには、その文化の正統性の概念が必要となるはずだからだ。例えば、パンクやヒップホップなどの音楽ジャンルにおける「ハードコア」とは、そのジャンルにおいて純粋・真正性・本物という意味合いがある。つまり、一九九五年時点で「本物のゲーマーとは何か」、「本物のゲームとは何か」、「本気でゲームをプレイするとは何か」といった論点が成立していたと思われる。

そこで次に「カジュアル/ハードコア」という分類を手がかりに、ゲーム産業が描いた市場ターゲットとしてのゲーマー像を説明する。

2.1|市場ターゲットとしてのゲーマー:「カジュアル/ハードコア」分類

 

ハードコアは通常、対になる概念「カジュアル」とセットで使用される。この「カジュアル/ハードコア」は、ゲーマー自らが提示する概念というよりも、産業側によるラベリングである。その点では文化的正統性を示すパンクやヒップホップなどのハードコア概念とは異なっている。とはいえ、松永伸司が「カジュアル/ハードコア」の対概念を「これは明らかに文化間の対立であり、そしておそらくは望ましくない対立である」[★2]と指摘するように、現在はゲーマー自らが文化的対立として内面化している場合もある。

二〇〇五年(原書刊行)の『「ヒットする」のゲームデザイン』[★3]には、「ゲーム業界で働くほとんどすべての人々が『ハードコア(またはコア)』と『カジュアル』市場の意味を知っている」と産業従事者の直感が述べられる一方、その分類基準が主に「たくさんのゲームをやる/やらない」、「チャレンジが好き/嫌い」という曖昧なものに頼っていることが示されている。さらに具体的にゲームパブリッシャーのEAのピラミッド型モデルやゲームのコンサルタント会社であるinternational Hoboの階層型モデルを紹介しているが、それらは二項対立ではなく「ハードコアゲーマー、クールゲーマー、マスマーケットカジュアルゲーマー」(EA)、「ハードコアゲーマー、テストステロンゲーマー、ライフスタイルゲーマー、ファミリーゲーマー」(Hobo)といった細分化と階層化が行われている[図1]。こういったモデルは複数あるが、共通する観点はゲームのマーケティングにおける情報の伝達がハードコアゲーマーからカジュアルへと「滴り理論」[★4]のように流れ落ちる点だ。この観点が正しかったかどうかはさておき、従来のゲーム産業は以上のようなモデルからハードコア層を重要視していたことは間違いない。

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[図1]EAモデルとHoboモデル
Chris Bateman、Richard Boon『「ヒットする」のゲームデザイン─ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン』、松原健二監訳、オライリー・ジャパン、2009年、22、24頁をもとに制作

しかしながら、グローバルに拡大し、インターネットを中心としたメディア環境に置かれた現代のゲーム産業では、このような単純な見方は維持できないだろう。例えば、Hoboモデルのテストステロンゲーマーは「圧倒的多数が男性で、ハードコアとカジュアル傾向のゲーマーの両方で構成され」、「車や銃に関するゲームに最も関心」があるとされる[★5]。ゲームへの没入や挑戦を重視するハードコア層と異なり、テストステロンゲーマーは銃器や車といった特定の意匠に関心を示す。実例を挙げると、FPSやレーシング、そして『Grand Theft Auto』のような犯罪をメインとしたオープンワールドゲームなどだ。名前のとおり男性的でマッチョな属性を持つと考えられ、北米では典型的なハードコアゲーマーより、カジュアルな層として位置づけられている。

対して、日本ではこれらのテストステロンゲーマーが好むとされるゲームは「洋ゲー(海外ゲーム)」としてカテゴライズされ、一般にハードコアな好みとされる。また、日本や北米ではハードコアでマニアックだと考えられがちなシミュレーションゲームは、欧州では比較的人気が高くカジュアルだったり、「JRPG」と呼称される日本のアニメ調のファンタジーRPGは、ニッチな市場ながらも熱狂的なファンを持つハードコアとして扱われることもある。要するに何がハードコアであるかは地域によって異なり、その地域のゲーム文化のあり方によって変化するというわけだ[★6]。

2.2|アイデンティティとしてのゲーマー

 

現在のゲーム産業のターゲットには地域、言語、エスニシティ、ジェンダー、セクシュアリティといった多様性があり、単純なピラミッド型・階層モデルでは説明できない。さらに現在では、SNSやターゲッティング広告によって産業側はそれぞれの属性を持つターゲットへ直接、プロモーションをかけることができる。ゲーマーもまた他のゲーマーが持つ属性の差異と類似点から自らを再帰的に規定していくことになり、それらはそれぞれ異なった種類のゲーマー・アイデンティティとして構築される。

このようなゲーマーのアイデンティティの多様性の一端を垣間見るために、ジェンダーとセクシュアリティに関する新たなゲーマー像を見ていこう。ゲーマーを分ける大きな指標としては当然、男性/女性というジェンダーが存在する。従来、ゲーム産業はゲーマーという存在を暗黙裡に男性として扱ってきた。しかしながら、二〇一六年の北米のゲーム業界団体の調査[★7]によると、女性ゲーマーの割合は四〇%を超えている。さらに同団体の二〇一七年の調査[★8][図2]によれば、一八歳未満の男性ゲーマーよりも一八歳以上の女性ゲーマーの方がゲーム人口の多くを占めているという。これはゲームが男性若者文化であるというイメージからはかけ離れた事実である。

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[図2]アメリカにおけるゲーマーの性別・年齢分布についての調査結果(アメリカのビデオゲーム業界団体ESAが2017年4月に発表したデータをもとに制作)。パーセンテージはアメリカの全ゲーマーを100%としており、性別・年齢不詳のユーザーもいるため、図の数字を足しても100%にはならない
http://www.theesa.com/wp-content/uploads/2017/09/EF2017_Design_FinalDigital.pdf

このような調査を受け、現在の北米のゲーム業界は急速に成人女性というセグメントを重視する姿勢を打ち出している。とはいえ、依然としてゲーマーのイメージは男性に支配されている。結果として、現在でも女性ゲーマーはマイノリティと認識されており、「ガールゲーマー」といった男性ゲーマーに対する対抗的なアイデンティティとして意図的に使用される。

その現状に対して、二〇〇五年にWomen In Games Internationalというゲーム産業における女性の地位向上団体が設立され、二〇一六年に国際ゲーム開発者連盟に女性に関する専門部会が設立された。これらの組織はより広範なフェミニズムと連携しながら、産業内での女性の地位向上やビデオゲームにおける女性表象への問い直しを行ってきた。また女性向けのゲームイベントを開催したり、女性eスポーツプレイヤーも支援している。結果として近年、業界の仕事環境やゲーム内の女性表象の改善が見られている。後者の例として『トゥームレイダー』シリーズのララ・クロフトや『The Longest Journey』シリーズのエイプリル・ライアンなどを筆頭に、女性が主人公のゲームやプレイヤーキャラクターの選択肢として女性が選べるゲームが増えている。

また昨今、無視できないのはLGBTQゲーマーの存在である。二〇〇六年にイリノイ大学の社会学研究で「gaymer」と呼ばれるゲイのゲーマーのプロファイルを明らかにする研究[★9]がなされた。そこではgaymerたちがメインストリームのゲイ文化がビデオゲームを軽視する一方、ビデオゲーム文化もまたゲイを蔑視するという二重の偏見に苦しんでおり、彼らはゲイ文化、ゲーム文化の両方から疎外されているという。

二〇〇九年のフル・セイル大学の学生Paul S. Nowakの研究[★10]はより商業的な動機によるものだ。彼は七〇〇〇人を対象としたgaymerの嗜好調査を行い、gaymerがRPGを好み、探索や達成を好むハードコアなゲーマーに属しており、よくできたプロットとうまく描写されたホモセクシュアルのコンテンツを好むことを報告している。特に「ヘテロセクシュアル指向の文脈と同等、もしくはよりポジティブなホモセクシュアル指向を反映する」ものを好むとされている。

実際に二〇〇〇年代後半からLGBTQを意識した作品は少なからず存在している。例えばカナダのバイオウェアは『マスエフェクト』などのシリーズで同性の恋愛が可能なシステムやシナリオを提供した。さらに二〇一六年にリリースされ、世界的大ヒットとなったブリザード・エンターテイメントの『オーバーウォッチ』にはLGBTQのヒーローキャラクターが数多く登場しており、キャラクター構築において多様性を重視している。またインディーゲームの世界では自身もレズビアンであるChristine Loveによる『Analogue: A Hate Story』、GaymerXというgaymer向けイベントを主催するMidBossの『2064: Read Only Memories』といった作品が生まれ、商業的にも批評的にも成功を収めている。

2.3|ゲーマーアイデンティティの変容と崩壊:ゲーマーゲート事件

 

二〇一〇年代以降、以上のように北米のゲーム業界における女性やLGBTQの地位向上運動は、あらゆる側面で活気づいていった。またほとんどのゲームメディアもそれらの活動を支援した。これらは北米エンターテイメント業界におけるいわゆる「ポリティカル・コレクトネス」を重視する姿勢と連動するものと見ることができる。個人的な印象ではこれらのリベラルな姿勢は他の業界以上に盛り上がったように感じる。しかしながら、だからこそゲーマーのアイデンティティを揺るがす事件がセンセーショナルな形で発生することになった。ゲーマーゲート事件である。

二〇一四年に発生したゲーマーゲート事件は、女性インディーゲームクリエイターのZoë Quinnとゲームライターの癒着に端を発する。一部のゲーマーたちが、SNS上のハッシュタグ「#gamergate」を用いて、ゲームメディアの倫理、フェミニストへの攻撃、さらにポリティカル・コレクトネス全般への批判を行い、複雑な経緯で発展した。その本質はインターネット上の「炎上」と呼ぶべきものではあるが、脅迫や嫌がらせなども発生し、論争は現在でも続いている。この事件の対立軸を理解することで、ゲーマーゲート事件そのものが北米での既存のゲーマーアイデンティティ(カジュアル/ハードコアと語られてきた単純な二項対立)の変容と崩壊を象徴していることが見て取れるだろう。

最初に議論の中心となったのはゲームメディアとクリエイターの癒着問題である。その正否はさておき、癒着を批判する多くのゲームユーザーが大手ゲーム会社よりもクリエイター個人を批判したことに注目したい。実際のところ、ゲームメディアとゲームメーカーの癒着という問題自体はレビュースコアの公平性の不信感や情報のリークと広告発注のバーターなどゲーマーゲート事件以前から存在したものである。しかしながら、この事件ではクリエイター個人とライターの癒着が取り沙汰され、結果として多くのインディーゲームのクリエイターが批判の対象となった。

実際に二〇一〇年代頃から、多くのゲームメディアはインディーゲームをやや加熱気味に取り上げていたと言える。インディーゲーム『Braid』のJonathan Blow、『Minecraft』のNotch、『FEZ』のPhil Fishなど多くの成功者をゲーム業界の革命家として喧伝した。しかしながら、旧来からの(ハードコア)ゲーマーのすべてがそれらのインディーゲームを支持したわけではなかった。彼らのようなゲーマーにとって、インディーゲームとそれを喧伝するメディアは自らのアイデンティティを揺るがすものであったはずだ。

さらに多くのメディアは前述のようにゲーム産業やゲームそのものにおける女性の地位向上を支持してきた。フェミニスト批評家であるアニタ・サキーシアンはゲーマーゲート事件以前から「Tropes vs. Women in Video Games」というプロジェクトでビデオゲームにおける女性表象に対する厳しい批判を行っており、業界からも評価されていた人物であった。しかし、ゲーマーゲート事件をきっかけとして殺人予告を含む激しい非難を浴びた。これらの脅迫行為が反ゲーマーゲート側の自演行為である、ゲーマーゲートが目指す運動ではないという、ゲーマーゲート擁護者の意見はある。いずれにせよアニタ・サキーシアン以外にも多くのフェミニストや社会活動家、及びその擁護者をSocial Justice Warriorと揶揄する雰囲気がゲーマーの間に醸成されることになった。

そのため、ゲーマーゲート事件は北米エンターテイメント業界のポリティカル・コレクトネスへのバックラッシュとみなすことができる。ゲーマーゲート事件は当初の論点から外れて、女性や性的マイノリティの地位向上を公然と発言するクリエイターやそれらをテーマとしたゲームに対して、厳しい非難や脅迫、不買運動が行われることになった。ここでも旧来の男性中心的なゲーマー像が多様性を求める新しい動きによって揺るがされた反動として見ることができる。

まとめると、二〇〇〇年代ゲーム産業が作り上げた男性中心的なゲーマー像はその後のアイデンティティの多様化によって変容してきた。ゲーマーゲート事件はその決定的な崩壊の象徴である。そこではインディーゲーム、女性やLGBTQ表象といった事柄を巡って旧来のゲーマーと新たな多様なゲーマーのコンフリクトが見られる。またSNSや動画配信サービスの普及による旧来のメディアとyoutuberやブロガーなどの新興インフルエンサーの対立もこの軸に沿って発生していたと付け加えておきたい。

この是非はともかく、ただひとつ確実なことは、ゲーム自体が多様化した現在、統一的なゲーマー像には無理があるということだ。多様な背景と価値観を持ったゲーマーが存在し、彼ら/彼女らはただゲームをプレイするだけではなく、自らのイメージを構築して、社会的に活動を行う。本稿では北米のゲーマーを取り上げたが、現在のゲーマーが良きにつけ悪しきにつけ、社会の中で活発に活動していることは理解できただろう。(『ゲンロン8』へ続く)

    1 OED Third Edition, March 2013

    2 松永伸司「ソーシャルとゲームの接続をめぐるキーワードガイド」、『ユリイカ』二〇一七年二月号、二一七頁。

    3 クリス・ベイトマン、リチャード・ブーン『「ヒットする」のゲームデザイン─ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン』、松原健二監訳、オライリー・ジャパン、二〇〇九年。

    4 この理論が実際に観測(?)されたものとしては、EAの『ザ・シムズ』の事例がある。同書、二六─二八頁。

    5 同書、二五頁。

    6 確かにゲーム産業の中心である北米では、二〇〇〇年代までテストステロンゲーマーを含むハードコアゲーマー層が男性中心的なイメージで彩られていたのは間違いなく、ゲーム文化が男性文化として作られたことは否めない。

    7 http://www.theesa.com/wp-content/uploads/2016/04/Essential-Facts-2016.pdf

    8 http://www.theesa.com/wp-content/uploads/2017/09/EF2017_Design_FinalDigital.pdf

    9 https://web.archive.org/web/20060618040019/http://www.washingtonblade.com/thelatest/thelatest.cfm?blog_id=7415

    10 Nowak, Paul S. Gaymers: the Difference a ‘Y’ Makes: How (and Why) to Make Video Games LGBT Players Care About. Prince Pocket Press, 2015.

今井晋(いまい・しん)
八一年生。ゲームジャーナリスト、美学研究者。IGN JAPAN副編集長。共訳に『分析美学基本論文集』(勁草書房)、主な寄稿に「Steamは基本無料だからソーシャルゲーム」(『ユリイカ』一七年二月号)、「ランキングとレイティングーービルボードとピッチフォークに見るポップの美学のゆくえ」(『ユリイカ』一一年二月号)など。

 


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論考|新しい目の旅立ち 第5回 プラープダー・ユン
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