「日本国外のヴィジュアルノベル」冒頭部分 ランディ・アウ【#ゲンロン8 発売記念】


  

 

『ゲンロン8 ゲームの時代』の発売を記念し、本誌収録の記事や関連コンテンツの一部を無料公開!
ここに公開しているのは、.海外で美少女ゲームの翻訳を手がけるランディ・アウさんによる書き下ろしコラムです。日本から生まれた美少女ゲームの命脈は、海外で発展を遂げていた!? 世界的プラットフォームSteamでも配信される、美少女ゲームの現在をお届けします。(編集部)

 『ゲンロン8 ゲームの時代』特集目次 

 


「日本国外のヴィジュアルノベル」冒頭部分 
ランディ・アウ 訳│坂上秋成


美少女ゲーム/ヴィジュアルノベルは、日本のゲーム業界において非常に小さくニッチなジャンルであり、しかも二〇一〇年代の早い時期から確実に衰退している。だが驚くべきことに、日本市場における衰退と時を同じくして、海外市場からの関心と需要は大きく高まった。情熱的なファンが集ったこと、デジタルゲーム販売の成長、インディーゲームの発展、さらにはクラウドファンディングの隆盛といった要素のおかげで、海外市場はヴィジュアルノベルの開発者たちにとって十分な数の消費者を生み出し続けている。

歴史的に見れば、一九九〇年代の初頭から、美少女ゲームの存在は西洋のビデオゲームファンに知られていた。当時、最も有名だった『ときめきメモリアル』というゲームの影響で、美少女ゲームは「デートシム」と呼ばれていた。それは「とても日本的」で異質な文化であったため、プレイしてみたいと考える人間はほとんどいなかった。ただし、エロティックな要素を含むものだけは例外となった。アダルト要素を含んだパソコン用ゲームとして数少ない例のひとつだったため、いくつかの野心的な企業が、アダルト市場に売り出すことを目的としてそうした要素を含む美少女ゲームのライセンスを取得したのだ。しかしながら、西洋(とりわけアメリカ)におけるポルノグラフィーに対する嫌悪のせいで、このジャンルが多くの人に知られることはなかった。

だが二〇〇〇年代の初頭から中頃にかけて、日本の開発者たちはヴィジュアルノベルを今日知られているようなかたち─ゲーム的な要素よりもキャラクターと物語に焦点を当てるかたち─へと大きく変化させ始めた。この形式的な変化によって、多くのファンのあいだで「デートシム」から「ヴィジュアルノベル」へと用語の転換が生じたのである。ここで言うヴィジュアルノベルには『Kanon』『月姫』『Fate/stay night』といった古典的名作も含まれており、これらは高い人気を誇り最終的にはアニメ化されている。これらの作品のアニメ化によって、西洋では多くの人が初めてヴィジュアルノベルというジャンルに触れることとなった。

西洋のアニメ産業は、つねに草の根的なファンの要求によって動かされてきた。世界中のファンを繋ぐアンダーグラウンドのネットワークでは、日本での放送からほんの数時間後に字幕付きの海賊版が提供され、ファンの人々は最新の人気作についてコンベンションを企画したりインターネット上でいつまでも語り合ったりする。このようにしてファンのあいだでの高い需要が証明されたことは、企業がオフィシャル版をリリースする基盤となったし、またそれはひとつの産業となりうるものだった。多くのメディア産業は外部への「押し(プッシュ)」によって成立しているが、それとは異なり、ライセンスを取得した合法のアニメ産業は、ファンによる草の根の強い「引き(プル)」がなければ成り立たなかっただろう。アニメ産業はファンによる翻訳に先行するようになりつつあるが、それでもファンによる翻訳は今日まで続いている。こうした既存のインフラを活用することで、ヴィジュアルノベルは人気を獲得していったのだ。

違法動画の視聴によるものではあるが、二〇〇〇年代半ばに『CLANNAD』や『Fate』といったアニメが好評を博したことで、西洋のファンたちは原典であるヴィジュアルノベルを読みたいと考えるようになった。だがファンの中には、オリジナルの作品にアダルト要素が含まれていると知って、ショックを受けた人々がいることも確かである。アダルト要素に関してはポジティヴに受け取る人もネガティヴに捉える人もいた。さらに言えば、元々のヴィジュアルノベルがしばしば長大かつシリアスな物語であり、なおかつ殺人、自殺、セクシュアリティといったマスメディアにとってはタブーとされる要素を含むケースが存在することも人々を驚かせた。いずれにしても、このようなことが可能だったのは、ファンたちの翻訳ネットワークがすでに存在したからである。ひとつのゲームを翻訳するには数カ月から数年かかるため、最後まで訳すことができず、消費者に届けられないケースも多く見られた。だが、翻訳作品の蓄積は少しずつ進んでいたのである。

ヴィジュアルノベルに対する需要が高まっていることに企業が気付くまで、そう長い時間はかからなかった。二〇〇〇年代後半までには、JAST USA[☆1]やMangaGamer[☆2]といった企業が多くの著名なタイトルのライセンスを日本から取得するようになっていた。ローカライズのコストの回収には数年を要する場合もあったが、企業側はボランティアで翻訳を行うファンたちよりも早く、ゲームを市場へ提供できるようになった。企業はときに、合法的にライセンスを取得した作品を作るため海賊版の集団と手を組むこともあった。それでも結局のところ、ターゲットとされた顧客はいまだアダルト要素も含むゲームに多大な関心を持っている人々であり、ゲームの販売は主にそれぞれの企業のオンラインストアで行われていた。

二〇一三年から一四年頃になると、Sekai Project[☆3]のような新しい競争相手が登場し、二つの革新によってヴィジュアルノベルをさらなる主流へと導いていった。革新とは、第一にライセンス取得にかかる費用を得るためにクラウドファンディングを利用したことであり、第二に日本で著名なヴィジュアルノベルの「全年齢版」を世界最大のデジタルゲームプラットフォームであるSteamで販売したことだ。他の新たな企業も、この革新にすばやく追従していった。

クラウドファンディングは、将来的な見返りを約束することで、プロジェクトに対して資金を提供するよう人々に呼びかけるものだ。通常、十分な資金が集まれば企画は動き出すが、目標額に達しなかった場合には払い戻しが行われる。失敗のリスクが含まれているため、クラウドファンディングは製品の事前予約とは異なるし、法的にも投資や慈善事業への寄付とは別物である。クラウドファンディングを利用し、そもそもの需要がどれだけあるかを明らかにすることで、企業はヴィジュアルノベルをローカライズする際の最も大きなリスク─誰も欲しがっていないゲームに多大な費用をかけること─を緩和できるようになった。そして、きわめて人気の高い『CLANNAD』のような、有名だが高価な作品のローカライズが可能となったのである[☆4]。

ヴィジュアルノベルをSteamに入れたことは、市場における大きな転換点であり、このジャンルが一般の認知を得るきっかけとなった。Steamは世界で最も巨大なゲーム配信プラットフォームであり、ゲームに金を費やしたいと考える一億二五〇〇万人以上のユーザーにアクセスを提供している。それらのユーザーのごく一部が興味を抱くにすぎなかったとしても、潜在的な顧客の数は小さな企業のウェブサイトが引きつける人数を大幅に上回る。ゲーマーの中にはそもそもヴィジュアルノベルを「ゲーム」と見なしてよいのかと疑問を呈するものもいたが、時間が経つにつれそのような議論は消えていった。それよりも最大の問題は、日本のヴィジュアルノベルを支える基盤のひとつ、すなわちアダルトコンテンツをどう扱うかという点にあった。

一般に西洋の人々、とくにアメリカ人はセックスに関して潔癖なことで有名だ。アダルト志向のビジネスは、消費者が当惑し苦情を寄せるリスクが高いため、取引コストが高くなりがちである。多くの企業は、アダルト要素が明らかな製品の取り扱いを、PR上の理由から単に拒否している。特定のトピックが、さまざまな地域において完全に違法とされていることもある。そしてさらに悪いことに、ゲームは一般にはいまだに「子どものためのもの」だと考えられており(その中に大量の暴力が含まれているにもかかわらず)、それゆえセックスはゲームで扱うには不適切なトピックと見なされているのだ。訴訟や社会問題化の可能性を考えると、明示的なセックスはどこまで容認されるのか、それがどこで容認されないポルノグラフィーに変わるのかについて、企業は細心の注意を払わねばならない。

このような制約が存在するため、ヴィジュアルノベルがSteamへ乗り込む道は単純だが困難なものだった。そこではゲームを壊さないようにしつつ、反発の可能性のある要素を取り除く必要があった。Steamでの販売に際しては、すでにコンソールゲームのために作られたバージョン(こちらでもポルノグラフィーは禁止される)が使用されることも少なくなかった。ただ、どうしてもアダルト要素が必要な作品も存在するため、すべてのゲームにこのやりかたが適用できるわけではない。アダルト要素の除去については、クリエイターのオリジナル作品に対する望ましくない検閲だと主張するものもいるが、他方で、それはそもそも日本の市場でもヴィジュアルノベルが生き残るために必要だから含まれていたのであり、必ずしも本当に作者が作りたかったものではないと捉えるものもいる。妥協策として、アダルト要素をカットしていないバージョンは、しばしばSteamから切り離されたオンラインストアで販売されている。(『ゲンロン8』へ続く)

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Sekai Project ウェブサイトのトップページ。ランディ・アウは同社でプロジェクトマネージャーを務めている。
https://sekaiproject.com/

    訳註

    1 一九九七年に設立された、日本のヴィジュアルノベルやアダルトゲームを英訳するライセンサー、ディストリビューター。主な販売作品に『Enzai』(日本版『冤罪 eine falsche Beschuldi-gung』)『School Days』などがある。

    2 二〇〇八年に設立された、日本のヴィジュアルノベルやアダルトゲームを英訳して販売するサイト、及びブランド。日本アニメコンテンツ株式会社が運営している。主な販売作品に『Higurashi When They Cry』(日本版『ひぐらしのなく頃に』)『Kira Kira』(日本版『キラ☆キラ』)『Da Capo』(日本版『D.C. 〜ダ・カーポ〜』)などがある。

    3 日本のヴィジュアルノベルを英訳し販売する他、オリジナルのヴィジュアルノベルやその他のゲーム、マンガなどを販売する会社。二〇〇七年に日本のヴィジュアルノベル『School Days』を翻訳する非公式ファングループとして活動を開始した後、JAST USAと提携して公式に翻訳を行う企業となった。二〇一四年に『WORLD END ECONOMiCA episode.01』をSteamで販売したのを皮切りに、『CLANNAD』『グリザイアの果実』『G線上の魔王』といった人気作のローカライズを行っている。

    4 『CLANNAD』はKickstarterとPayPalによるクラウドファンディングで、支援総額五五万一九八一ドルを集めた後、二〇一五年一一月二四日にSteamでリリースが開始された。

ランディ・アウ Randy Au
八三年生。NYC在住のデータサイエンティスト。二〇〇一年にノベルゲームをプレイし始め、二〇〇五年から「narcissu」シリーズの英訳を担当。現在、Sekai Projectのプロジェクトマネージャーとして翻訳者を務めている。

坂上秋成(さかがみ・しゅうせい)
 一九八四年生。小説家、文芸批評家。著書に『モノクロの君に恋をする』(新潮社)、『夜を聴く者』『惜日のアリス』(いずれも河出書房新社)など。

 


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本体価格 2,400 円 + 税
ISBN: 978-4-907188-25-2
A5判 342頁


ゲームという新しい技術あるいはメディアは、いかに21世紀を生きるわたしたちの生と認識を規定しているのか。 その連関を探る、ゲンロン史上最大の大型特集!
井上明人・さやわか・黒瀬陽平・東浩紀による50ページ超の共同討議に加え、 『ペルソナ』シリーズを手がけた橋野桂、インディーズゲーム向けプラットフォーム「PLAYISM」を立ち上げたイバイ・アメストイへのインタビュー、 さらに吉田寛の「ゲーム的リアリズム」論、アレクサンダー・R・ギャロウェイの翻訳論文等を掲載。 そして特別付録には充実のゲーム史年表と膨大なキーワード集。
ロシアの批評誌『青いソファ』編集長エレーナ・ペトロフスカヤ、哲学者オレグ・アロンソンへのインタビューも特別掲載。 現代タイのカリスマ作家プラープダー・ユン、東アジア思想の精鋭・ホイ・ユクなど国際色豊かな連載も充実しています。

[巻頭言]
二一世紀の『侍女たち』を探して 東浩紀

[特集 ゲームの時代]
共同討議|メディアミックスからパチンコへ――日本ゲーム盛衰史 1991 ‐ 2018 井上明人+黒瀬陽平+さやわか+東浩紀
補遺|視点、計算機、物語――斜めから見るゲームの時代 黒瀬陽平+さやわか+東浩紀
論考|メタゲーム的リアリズム 吉田寛
論考|現代美術の起源――二重化された視覚の系譜 黒瀬陽平
論考ボタンの原理とゲームの倫理 さやわか
論考|ゲームはどのように社会の問題となるのか 井上明人
インタビュー|経験装置としてのJRPG 橋野桂 聞き手=さやわか+東浩紀
インタビュー|ゲームは黒澤明を求めている イバイ・アメストイ 聞き手=黒瀬陽平
コラム|日本国外のヴィジュアルノベル ランディ・アウ
論考|ゲーム的行為、四つのモメント アレクサンダー・R・ギャロウェイ
キーワード|ゲームの時代 一〇の論点 #1 今井晋
付録|ゲームの時代 1991 ‐ 2018年表

[特別掲載]
インタビュー|レーニン、収容所、ポストモダニズム――ロシア現代思想の最前線
オレグ・アロンソン+エレーナ・ペトロフスカヤ 聞き手=東浩紀

[連載]
集中掲載|中国における技術への問い――宇宙技芸試論 序論(2) ホイ・ユク
論考|新しい目の旅立ち 第5回 プラープダー・ユン
論考|独立国家論 第7回  速水健朗

[コラム]
辻田真佐憲/福冨渉/市川真人

[創作]
ディスクロニアの鳩時計 午後の部VII 海猫沢めろん


  

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 『ゲンロン8 ゲームの時代』特集目次